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横浜地方裁判所 昭和60年(行ウ)24号 判決

原告 母袋忠雄

右訴訟代理人弁護士 三野研太郎

同 渡辺利之

同 伊藤秀一

被告 細郷道一

右訴訟代理人弁護士 瀬沼忠夫

同 上村恵史

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、横浜市に対し、金六億二九〇八万八七一九円及びこれに対する昭和六〇年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (当事者)

原告は、肩書地に居住する横浜市の住民であり、被告は、昭和五三年四月一六日施行の横浜市長選挙において当選し、以降、同市の市長の職にあるものである。

2  (土地購入のための公金の支出)

(一) 横浜市は、同市金沢区を中心とする同市南部方面における斎場の建設を計画していたところ、被告は、横浜市長として、右の建設予定地を取得する目的で、昭和五八年三月一五日、横浜市のために横浜市土地開発公社(以下「公社」という。)との間で、左記の内容の用地取得実施協定書を取り交し、公社に対し右の予定地の購入を依頼した。

買収面積 約八ヘクタール

取得予定価格 一四億四〇〇〇万円

(一平方メートル当たり一万八〇〇〇円)

(二) 右(一)の依頼を受けた公社は、昭和五八年三月三一日、相川佳久、相川楓美子、相川明範、相川和敬及び相川真喜子から別紙物件目録一記載の土地(以下「追越一九〇六番の土地」という。)を、相川文五郎(以下「文五郎」という。)から同目録二記載の土地(以下「追越一九〇七番一の土地」という。)を相川佳久から同目録三記載の土地(以下「追越一九〇七番二の土地」という。)をそれぞれ買い受ける旨の契約を締結し、更に、同年四月八日、長島タカ、長島正明、長島田鶴子、長島雄一郎及び長島奈奈子から同目録四記載の土地(以下「関ヶ谷奥二二七五番一の土地」という。)を買い受ける旨の契約を締結した。

右の追越一九〇六番、同一九〇七番一、同番二及び関ヶ谷奥二二七五番一の各土地(以下まとめて「本件各土地」という。)の実測面積の合計は、七万九一九八・〇八平方メートルであり、その売買代金は一平方メートル当たり一万八〇〇〇円、合計一四億二五五六万五四四〇円(以下「公社買収価格」ということがある。)であった。

(三) 被告は、横浜市長として、昭和五九年三月三〇日、横浜市が公社から本件各土地を代金一五億三九八六万六六三九円(以下「市買収価格」ということがある。)で買い受ける旨の売買契約を締結したうえ、右金員の支出を命じ、同日、横浜市から公社に対し、右金員が支払われた(以下「本件支出」という。)。

3  (本件支出の違法性)

しかしながら、本件各土地を購入するためになされた本件支出は、以下のとおり適正額を超えるものであり、その限度において違法である。

(一)(1) まず、横浜市が公共事業の用に供する土地を任意買収する場合の土地価格は、「横浜市の公共用地取得等に伴う損失補償基準規程」(以下「市規程」という。)八条、九条に基づき、正常な取引価格によるべきである。

市規程は、昭和三七年六月二九日閣議決定された「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(以下「要綱」という。)を受けて定められたものである。そして、要綱によれば、公共用地の買収に当たってはその土地の「正常な取引価格」をもって補償すべきものであり、「正常な取引価格」とは、合理的な市場(自由市場)があったならばそこで形成されるであろう市場価格を貨幣額をもって表示した適正な価格であって、それは売り手と買い手のいずれにも片寄らず、社会一般が最も通常妥当と認める価格であり、近傍類地の取引価格に、取引が行われた事情、時期等に応じて適正な補正を加えたものを基準とし、これらの土地及び取得する土地の位置、形状、環境、収益性その他一般における価格形成上の諸要素を総合的に比較考量して算定するものとされている。このように、市規程は、要綱の原則を受けて定められたものであり、市規程八条、九条は要綱と同様の原則を設定しているものである。

(2) ところで、土地の価格について定める法律としては地価公示法(昭和四四年六月二三日法律第四九号)が存在し、同法は、地価公示が実施されている市街化区域内においては、公示価格を規準としてその取得価格を定めなければならないと定めている(同法九条)。そこで、公示価格と前記の「正常な取引価格」の関係であるが、これにつき、市規程は、(1)の「正常な取引価格」を決定するときは、地価公示法により公示された標準地の価格を規準とするものとしている(市規程九条の二)。

次に、地価公示法による公示価格の存しない土地について神奈川県の場合には神奈川県地価調査基準標準価格(以下「県基準地標準価格」という。)というものがある。これは、国土利用計画法施行令(昭和四九年一二月二〇日政令第三八七号)九条に基づき、都道府県知事が一定の選定地域について一定基準日における当該画地の単位面積当たりの標準価格を判定したものである。そして、この標準価格は、土地について自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格とされ(右施行令九条二項)、その価格形成について同条三項ないし五項が詳細な基準を規定しているが、その基準は要綱の基準と同一である。

(3) 右(1)、(2)のとおり、県基準地標準価格は要綱に依拠するものであり、市規程は同じく要綱を受けて定められたものである以上、県基準地標準価格は、公示価格を補充し、公示価格に準ずるものであるということができる。

したがって、横浜市が公示価格の存しない土地を任意買収するにあたっては、県基準地標準価格を規準にしてその取得価格を定めなければならず、これを超える高い価格で公共用地を取得した場合は、地方公共団体が金銭を支出する際には、その目的に必要かつ最少の限度をこえてこれを支出してはならないとする地方財政法四条一項の規定に反することになる。

(二)(1) ところで、本件各土地の近隣の地価については、県基準地たる横浜市金沢区釜利谷町字神明前三三六〇番一の土地(以下「神明前三三六〇番一の土地」という。)の県基準地標準価格が存在するところ、その標準価格は昭和五六年においては一平方メートル当たり一万一三〇〇円であり、その後の地価の騰貴を考慮しても、右土地の地価は昭和五九年において一平方メートル当たり一万一五〇〇円を上回ることはない。そして、右土地と本件各土地とは、条件において差はないといえるから、本件各土地の昭和五九年における地価も一平方メートル当たり一万一五〇〇円を超えることはなかったというべきである。

したがって、昭和五九年における本件各土地の適正な取得価格は九億一〇七七万七九二〇円であるから、本件支出中、これを超える代金の支払いは、地方財政法四条一項に反する違法な公金の支出となるものである。

(2) 本件各土地の近隣土地の価格については、右の神明前三三六〇番一の土地のほか別紙県基準地標準価格表記載の数値が参考となる。そして、神奈川県全域の都市近郊林地地域の対前年度平均変動率は、県基準地標準価格によれば、別紙変動率表記載のとおりである。

そこで、本件各土地の価格については、右県基準地標準価格を参考にして、以下のとおりの価格と推測することもできる。

① まず、別紙県基準地標準価格表4のとおり、昭和五九年の横浜市金沢区釜利谷町字北谷二七七六番の土地(以下「北谷二七七六番の土地」という。)の価格が一平方メートル当たり一万四〇〇〇円であるから、本件各土地の一平方メートル当たりの価格が右の価格と同一であるとすれば、昭和五九年における本件各土地の価格は一一億〇八七七万二〇〇〇円となる。

② 次に、別紙県基準地標準価格表1の前記の神明前三三六〇番一の土地の価格に別紙変動率表記載の変動率を当てはめると、右土地の昭和五九年の一平方メートル当たりの価格は、一万一七六九円となる(一万一三〇〇円×(一+〇・〇二二)×(一+〇・〇一一)×(一+〇・〇〇八)=一万一七六九円)。そこで、本件各土地の一平方メートル当たりの価格が右価格と同一であるとすれば、昭和五九年における本件各土地の価格は九億三二〇八万一二六二円となる。

③ さらに、別紙県基準地標準価格表2ないし4によれば、北谷二七七六番の土地の一平方メートル当たりの価格が二年間で年平均二五〇円上昇しているから、神明前三三六〇番一の土地の一平方メートル当たりの価格が三年間に七五〇円上昇したとすると、右土地の昭和五九年における一平方メートル当たりの価格は一万二〇五〇円となる。そして、本件各土地の一平方メートル当たりの価格が右価格と同一であるとすれば、昭和五九年における本件各土地の価格は九億五四三三万五九〇〇円となる。

そうすると、本件各土地の昭和五九年における一平方メートル当たりの価格が前記(1)の一万一五〇〇円を上回るとしても、右の各価格のいずれかの範囲内であるから、いずれにしても本件各土地の購入代金として一五億三九八六万六六三九円を支払った本件支出は右範囲を超える限度において違法である。

(3) また、横浜市が、昭和五三年三月一日横浜市議会に提出した市第一六〇号議案により取得した横浜市金沢区釜利谷町字関ヶ谷奥二一五三番二一七ほかの土地(以下「関ヶ谷奥二一五三番二一七等の土地」という。)の購入代金は、一平方メートル当たり四五〇〇円であり、この価格に比べても本件各土地の市買収価格は異常に高額であり、本件支出は違法である。

(三) 本件支出には、右(一)、(二)のような適正な取引価格を超える違法のほかに、次に述べるとおり取引方法の不合理に伴う不必要な出費をした違法がある。すなわち、

(1) 前記2の(一)、(二)のとおり、被告は、公社に指示して一旦本件各土地を公社に先行取得させたうえ、公社から横浜市が買い受けるという購入の方法を取っている。

(2) しかし、横浜市は昭和五六年には本件各土地を斎場予定地とすることを内部的に決定していたのであり、公社との間において用地取得実施協定書を取り交した昭和五八年三月の時点では、被告が本件各土地の権利者から公社を介在させずにこれを自ら直接取得することができたのである。したがって、横浜市が公社を介在させたのは、無用な出費をもたらしたものである。

(3) 次に、本件各土地は、その地形等から開発には多額の資金を要し、かつ、本件各土地周辺地域の開発には様々の法的な制約が予想されるため、大規模開発の困難な土地である。そのため、公社が本件各土地を取得した昭和五八年三月当時、本件各土地を含む地域において大規模な開発を予定していた民間企業は存在しておらず、横浜市は、他企業との競争関係にはなかった。したがって、横浜市は、公社に本件各土地を先行取得させる必要性はなく、後日自ら直接取得できたものである。

また、横浜市は、昭和五九年三月一九日、横浜市議会に対し、本件各土地取得を「市第一六二号議案」として提出しているところ、同市は、これと共に同日、「市第一六三号議案」として、本件各土地に隣接する文五郎所有の横浜市戸塚区上郷町字長者久保一五六二番一の土地(以下「本件隣接地」という。)の取得についても提案し、同月三〇日、横浜市は右土地につき文五郎より所有権移転登記を経由している。ところで、本件各土地のうち、追越一九〇六番及び同一九〇七番二の土地は、いずれも昭和五七年七月八日付けで文五郎から相川佳久らに贈与を原因として所有権移転登記がなされている土地であり、一九〇七番一の土地は文五郎所有の土地なのであるから、本件隣接地につき、横浜市が昭和五九年度に直接文五郎から買い受けることが可能であった以上、同様に本件各土地についても横浜市が昭和五九年度において直接地権者から買い受けることが可能であったはずである。

右のとおり、本件各土地の取得につき、公社に先行取得させる必要性はなく、横浜市が昭和五九年に自ら直接取得することも可能であったのである。

(4) したがって、本件各土地の公社買収価格一四億二五五六万五四四〇円と横浜市買収価格一五億三九八六万六六三九円との差額一億一四三〇万一一九九円は横浜市にとって不必要な支出であり、公社の介在に合理性がない以上、右のような第三者に不必要な支出をする形態での土地の取得は、前記地方財政法四条一項に照らして、許されないのであり、本件支出は同項に反し、違法である。

(四) 以上のとおり、本件支出は、横浜市が本件各土地を取得するにあたって本来必要とされる支出額九億一〇七七万七九二〇円又は前述の仮定的な各適正額を超える限度において地方財政法四条一項に反する違法なものである。

4  (被告が横浜市に与えた損害)

被告が横浜市長として、前述違法な公金の支出を命じたことにより、横浜市は、市買収価格と本件各土地を取得するために本来支払う必要のあった九億一〇七七万七九二〇円又は前述の仮定的な各適正額との差額六億二九〇八万八七一九円又はそれ以下の損害を被った。

5  (住民監査請求)

原告は、昭和六〇年三月二八日、地方自治法二四二条に基づき、横浜市監査委員に対し、本件支出が違法な公金の支出であるとして住民監査請求をなしたが、同監査委員は、同年五月二〇日、原告の請求は理由がないとして、その監査結果を原告に通知し、原告は、同日右通知の送達を受けた。

6  よって、原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、横浜市に代位して、被告に対し、右損害金六億二九〇八万八七一九円(又はそれ以下)及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を横浜市に対して支払うよう求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実はいずれも認める。

3  同3項は争う。

4  同4項は争う。

5  同5項の事実は認める。

6  同6項は争う。

三  被告の主張

1  (本件各土地取得の経緯)

まず、横浜市が本件各土地を取得するに至った経緯は以下のとおりである。

(一) 横浜市金沢区を中心とする同市南部方面には斎場がなく、住民からの設置要望も強かったため、被告は、横浜市の市長に就任した直後ころから、関係職員に斎場建設に適当な土地の選定を命じ、早急に南部方面斎場を建設すべく督励していた。そして、被告は、関係職員と共に、昭和五九年三月までの間に斎場敷地の候補地を十数箇所も検討した。

(二) 昭和五六年四月ころ、被告は、関係職員から本件各土地を新たに斎場敷地の候補地にしたい旨の意見具申を受けたので、土地所有者の数、任意買収の可能性、有効利用できる面積及びその形状、高圧送電線その他土地の有効利用を妨げる物件の存否、敷地の造成費及び造成に要する期間、周辺道路その他交通機関の利便性、取付道路の要否及びその建設の可能性、周囲からの隔絶の可能性、他の利用目的がある場合はそれとの調整の可能性、その他敷地選定の際に考慮すべき事項についての調査、検討を命じたところ、同年一〇月ころ、被告は、関係職員から、本件各土地は他の候補地と比較して総合的に判断すると斎場敷地として適地であるが、未だ取付道路及び原告ら居住地との遮断性について検討が尽くされておらず、これを解決する必要がある旨、そしてこの点は取付道路の位置、形状及び住宅地への配慮を行うことにより十分解決できる見込みがある旨の報告を受けた。そこで被告は、関係職員に対し、当時の本件各土地の所有者のうち最大の面積の土地を所有する文五郎と土地の買収の可能性及び買収価格その他の希望条件について交渉し、その結果を踏まえて文五郎以外の土地所有者と交渉するか否かを決定するように指示した。

(三) 関係職員が昭和五七年五月ころまでの間に文五郎と数度にわたって交渉したところ、文五郎は、本件各土地及び本件隣接地は、一坪七万三〇〇〇円(一平方メートル当たり約二万二一〇〇円)が適正な売買価格である旨、本件各土地の平たん部分にはいちいの木を植林し、その他の部分は竹林とする計画があるので、価格などの点で本件各土地の売買が成立しないようであれば、直ちに植林の計画を進めたい旨述べた。

(四) 被告は、関係職員から右の報告を受けたので、民間の不動産鑑定士に本件各土地の価格の鑑定を依頼するとともに、横浜市の用地担当部局に市規程等の関係諸規定に基づき本件各土地の価格を算定するように命じた。横浜市が依頼した不動産鑑定士は、昭和五七年九月三〇日、本件各土地の同年八月一日時点における価格を一平方メートル当たり一万八二〇〇円と評価する旨の鑑定書を提出した。一方、用地担当部局は、本件各土地の同年八月一日時点における価格を一平方メートル当たり一万八〇〇〇円と算定した。

(五) 右用地担当部局の算定価格は右不動産鑑定士の鑑定評価価格の範囲内にあったので、被告は関係職員に対し、本件各土地を一平方メートル当たり一万八〇〇〇円で買収すべく文五郎と交渉するように命じるとともに、文五郎以外の土地所有者とも交渉を開始するように指示した。ところが、文五郎は、本件各土地の植林計画を具体化しているので、横浜市が本件各土地を必要とするなら、同人が本件各土地の植林計画を現在以上に進展させて無用な出費をしないように、本件各土地の買収時期、価格を明示するよう強く要求した。

(六) 被告は、本件各土地を斎場予定地と決定するには、取付道路の位置、形状及び住宅地への配慮等の検討課題が具体的に解決されていないので、未だ本件各土地を斎場予定地と決定することはできないが、前記の経過に鑑み、この時点で本件各土地を買い受けなければ、右検討課題が解決されても本件各土地を取得することは極めて困難になるものと判断した。そこで、被告は、昭和五八年三月初旬、本件各土地を斎場建設用地に充当する予定の土地として早急に取得することを決断し、関係職員に対し、所要の事務手続をするように指示した。

しかしながら、右決断は文五郎らとの間で本件各土地の売買を成立させようというものに過ぎず、本件各土地を斎場建設用地と決定したものではないので、本件各土地を斎場建設用地と決定するまでは、これを公社の所有地としておき、右検討課題を解決できる見通しが立ち、かつ、地方自治法その他の法令により必要とされる議会の議決等を得る見込みが十分となり、財政上の措置もできたときに、横浜市が公社から買い受けることとした。

(七) 関係職員が、右被告の指示により当時の本件各土地の各所有者と交渉したところ、本件各土地の売買が成立する見通しがついたので、被告は、公社に対し本件各土地を取得するように依頼し、公社は、昭和五八年三月末及び同年四月初めに公社買収価格で本件各土地を取得した。

(八) 被告は、本件各土地を横浜市が取得するために必要な資金を公債を発行して調達することとし、昭和五八年五月三〇日に自治大臣に対し起債の許可申請をした。

(九) 被告は、昭和五八年一二月ころ、関係職員から、本件各土地と原告らの居住地とを遮断する適切な方策を考案する目途は付いたが、幹線道路から本件各土地に至る取付道路については未だに用地の取得ができず、任意買収の目途を付けるにはなお数か月を要する旨の報告を受け、引き続き一層の努力をするよう督励したが、その後、被告が取付道路用地の任意買収の可否について関係職員の意見を聞いたところ、任意買収は非常に困難である旨の回答であった。そこで、被告は、取付道路用地はやむを得ない場合には後日土地収用法による収用によってでも取得することとし、昭和五九年三月一九日に本件各土地を斎場予定地と決定し、南部方面斎場用地に充てるために本件各土地を買い入れる旨の議案(市第一六二号議案)を市議会に提出して、その審議を受け、同月二九日に原案どおりの議決を得たうえ、公社から本件各土地を買い受けた。

(一〇) 横浜市は、昭和五九年三月三一日、自治大臣から本件各土地を取得するに必要な資金の調達のための起債を許可された。

2  (本件各土地の買収価格決定の適法性)

(一) 横浜市が本件各土地を任意買収するにあたって、その買収価格決定について規制している法令は存しない。原告指摘の市規程、地価公示法、国土利用計画法施行令あるいは地方財政法等は、次のとおり本件各土地の買収価格決定の合法、違法を判断するための規準となりうる法令ではない。

(二) まず、市規程は、いわゆる訓令または職務命令といわれるものであり、損失補償に関する事務を執行するに際しての規準として、横浜市の行政機関及び職員を拘束するものに過ぎない。

(三) 次に、地価公示法は、標準地の正常な価格を公示することにより、一般の土地の取引価格に対して指標を与え、及び公共事業の用に供する土地に対する適正な補償金の額の算定等に資し、もって適正な地価の形成に寄与することを目的としており、同法九条は公共事業の用に供する土地の取得価格を定めるときは公示価格を規準としなければならないと定め、同法一一条は規準とするとは対象土地の価格の算定に際して当該対象土地と類似する利用価値を有すると認められる標準地の公示価格との間に均衡を保たせることをいうと定めている。市規程九条の二はこれを受けて、都市計画法上の市街化区域にある土地を取得する場合は、地価公示法六条の規定により公示された標準地の価格を規準とするものと定めている。

ところで、本件各土地は、都市計画法上の市街化調整区域にある土地であるから、右規程の適用はないが、仮に地価公示法の趣旨に従って公示価格を規準とすべきものとしても、地価公示法にいう「均衡を保たせる」とは、標準地の公示価格と本件各土地とが価格面(単位面積当たりの価格)で均衡がとれているということではなく、標準地の価格形成要因の作用を把握し、これに関する判断を規準として本件各土地の価格形成要因の作用を判断することにより本件各土地の取得価格を算定するという趣旨である。要するに、同法九条、一一条は、本件各土地と類似する利用価値を有する標準地がある場合は、その価格形成要因を本件各土地の価格算定にあたって、指標として使用することを定めたものに過ぎず、本件各土地の買収価格決定の合法、違法を判断する規準となる法令ではない。

なお、地価公示法による公示価格は、近隣地域の標準的な画地の価格であり、最高または最低の地価を示すものではなく、地価公示制度は、地価の高騰を抑制しようという政策目的を持っているため、その公示価格は実勢価格と相当の差があり、土地の実勢価格は公示価格より二〇パーセント前後高いというのが実際である。

(四) また、国土利用計画法は、著しく適正を欠く高値の土地取引を規制することをその目的の一つとするものであるところ、同法による規制区域外の土地で取引の当事者の一方が横浜市または公社である場合には、土地買収契約の締結につき同法の規制を受けないものとされており(同法二三条二項三号、同法施行令一七条二号等)、本件各土地の買収価格の決定について同法の適用はない。そして、同法施行令九条による基準地標準価格は、同法の規制区域外においては、土地売買等の契約を締結する際の届出価格について、勧告等の必要な措置をなすか否かを判断するための規準であって(同法二四条一項一号)、本件各土地の取得価格を定める際に、その規準となるものではない。

なお、原告の指摘する県基準地である神明前三三六〇番一及び北谷二七七六番の土地は、県が最有効利用を林地と判定して価格を算定した土地であり、主として林地の取引事例を収集し、林業地の収益価格を参考にして価格を算定した土地であると認められる。一方、本件各土地は主要道路と近接し、本件各土地周辺は一帯の市街化調整区域の内でも市街化の影響を強く受けている開発可能性の高い地域であり、本件各土地の最有効利用の判定は、純然たる林地ではなく、むしろ宅地見込み地に近いものであり、原告が指摘する県基準地とは条件の異なる土地である。

(五) 以上のとおり、原告の主張する規程、法令はいずれも本件各土地の取得価格の決定につき、これを規制する法令ではなく、取得価格の決定は被告の裁量に委ねられているものである。

しかるところ、横浜市は前記1の経緯で本件土地を取得したものであり、このことにつき被告に裁量権の濫用はないから、本件各土地の取得価格の決定は適法である。

3  (公社の先行取得の適法性)

(一) 前記1のとおり、被告が本件各土地を南部方面斎場予定地と決定したのは、昭和五九年三月一九日であるが、右決定以前に早急に本件各土地を取得する必要があったため、公社にこれを先行取得させたうえ、議会の議決や財政上の措置等の見込みが十分となった段階で横浜市が公社からこれを買い受けたものであり、このような場合の公社の先行取得は、公有地の拡大の推進に関する法律(以下「公有地拡大推進法」という。)一〇条等に照らし、何ら違法なものではない。

(二) 次に、本件各土地について先行取得した公社から市が買い受ける際の価格であるが、この点につき、横浜市は、昭和四九年三月一日、公社と「横浜市の公共用地取得等に関する協定」を締結し、横浜市が公社から買い受ける土地の価格は、公社が土地の取得に要した額に造成費、補償費、管理費及び利息相当額を加算した額とし、必要に応じ、更に事務費をも加算した額とすることを約した。

そして、右の利息相当額については、昭和四八年一〇月一八日、両者の間で次のように計算する旨の協議が成立していた。すなわち、

(1) 毎年六月、九月、一二月、三月の各末日(各四半期末日)毎に、公社が同日現在の金融機関からの借入金に対して支払った後の三か月分(金融機関に利息を支払った日の次の四半期分)の前払い利息の総額から後記(2)により同三か月間に配分した額を差し引いた残額を、同三か月後の末日に公社が保有している先行取得資産の原価(取得価格に造成費、補償費、管理費、事務費及び利息相当額を加算した額を一〇〇万円単位で計算したもの)の総額中に各先行取得資産が占める割合(小数点二位以下切り捨て)及び同三か月間における各先行取得資産の保有期間の割合(小数点二位以下切り捨て)に応じ、各先行取得資産毎に配分した額を当該先行取得資産の利息相当額とする。

(2) 右の各末日前(金融機関に利息を支払った日の次の四半期の末日前)に先行取得資産を横浜市に売却するときは、その都度、当該売却時点までの当該先行取得資産に係る利息相当額を、右と同様の方法により当該先行取得資産に配分した額を当該先行取得資産の当該四半期における利息相当額とする。

(三) 本件各土地につき、右のとおり利息相当額を計算すれば、別表「釜利谷町土地」利息相当額配賦表記載のとおりであり、その総額は一億一三三二万六一九九円である。

また、公社は、前記1(四)の不動産鑑定士に対する鑑定料五五万五〇〇〇円を支払い、更に、公社が本件各土地の所有地との売買契約を締結する際、売買契約書に貼付する収入印紙に要する費用は公社が負担することを約し、公社は印紙税法所定の印紙税四二万円を納付した。そこで、被告は、横浜市が公社から買い受ける本件各土地の価格に、必要な事務費として右鑑定料及び印紙税合計額九七万五〇〇〇円を加算することを認めた。

横浜市は、公社取得価格一四億二五五六万五四四〇円に加えて、右利息相当額及び事務費合計額一億一四三〇万一一九九円を支払ったものであり、その合計額一五億三九八六万六六三九円の支払いは何ら違法なものではない。

4  以上のとおり、本件各土地の市買収価格の決定及び買収方法の決定には何ら違法はなく、本件支出は適法である。

5  仮に、被告の本件各土地買収価格決定が違法であるとしても、本件各土地の取得については、地方自治法九六条一項七号及び横浜市議会の議決に付すべき財産の取得または処分に関する条例二条の規程により、昭和五九年三月二九日に横浜市議会の議決を得ているので、右瑕疵は治癒されている。

四  被告の主張に対する認否及び反論

本件支出が違法でないとの被告の主張はすべて争う。

なお、被告は本件各土地買収価格決定の違法の瑕疵は市議会の議決により治癒されている旨主張するが、右主張は失当である。すなわち、本件は地方自治法が公金を支出して土地を取得する場合であるところ、地方自治体が財産を譲渡する場合につき地方自治法九六条一項六号に対応して同法二三七条二項が設けられているのと異なり、地方自治体が条例で定める財産の取得のため公金を支出する場合についての同法九六条一項七号にはそのような例外規定は設けられていないのであり、市議会の議決があったからといって、法令上違法な支出が適法な支出となる理由はない。

第三証拠《省略》

理由

一  本件各土地の合計実測地積が七万九一九八・〇八平方メートルであり、公社がこれを一平方メートル当たり一万八〇〇〇円合計一四億二五五六万五四四〇円で買収したこと、そして、横浜市が本件各土地を公社から市買収価格一五億三九八六万六六三九円で買い受けるために右同額の本件支出がなされたこと等をはじめとする請求の原因1項、2項及び5項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、後記二において右公社買収価格一四億二五五六万五四四〇円が違法に高額であるか否かを検討し、さらに後記三において市が公社から市買収価格で買い受けたことが違法な支出であったか否かを検討する。

二  地価公示法に基づく土地の公示価格は、売り手にも買い手にも偏らない正常な価格である(同法一条、二条二項参照)ことから、横浜市は、その施行する公共事業のため必要な土地を土地収用法の規定に基づいて取得することに伴う損失につき、正常な取引価格をもって補償することとし、なお、その正常な取引価格の決定にあたって、地価公示が行われている都市計画区域内の土地を取得する場合には、同区域内の標準地の公示価格を規準とする旨の取扱いをしている(地価公示法一条、二条一項、九条、横浜市の公共用地取得等に伴う損失補償基準規程(但し、昭和六一年二月一五日達第一号による改正前のもの)一条、八条一項、九条の二参照)。しかし、公示価格は、地価の最高または最低を示すものではなく、近隣地域の標準的な画地の価格水準を示すものにすぎない(地価公示法二条一項、三条、四条参照)うえ、東京都、神奈川県などの大都市周辺における土地の需要が供給を遙に上廻っていることなどもあって、近年における一般の土地の取引においては、売買の当事者は、売買代金額を決めるにあたって近隣標準地の地価公示価格を一応の参考にはする(なお、地価公示法一条の二参照)ものの、公示価格を基準とした価格よりも高額の売買代金で取引するのが通例であり、公示価格を基準とした価格では土地を取得することが困難な状況にあることは公知の事実である。

一般の土地取引において、その取引価格は本来取引当事者の自由な意思の合致によって定められるべき事柄でるから、その価額が近隣標準地の公示価格を規準とした価格よりも高額であるからといって、これをもって、当該取引が、あるいは売買代金額の取り極めが直ちに違法になるものでもないことは自明である。このことは土地の買い手が地方公共団体であり、かつ、土地収用法三条に定める公共の利益となる事業に必要な土地を売買契約に基づいて取得する場合においても同様である。すなわち、地方公共団体がかかる土地を取得するにあたっては、できる限り、所有者などの自由な意思に基づいて取得することが自治行政上も望ましいことは言うまでもないことであって、地方公共団体がかかる土地を土地収用法の規定に基づいて収用するか、あるいは売買契約に基づいて取得するかは、地方公共団体の裁量に属する事柄であるというべきである。

したがって、地方公共団体の長が公共の利益となる事業に必要な土地を土地収用法の規定に基づいて収用することなく、私人との間の売買契約に基づいて取得したため、その売買代金が近隣地域の標準地の公示価格を規準とした正常な価格よりも高額であるからといって、これをもって直ちにかかる売買代金額の取り極め又はその支出が地方財政法四条に違反し、違法となるものではなく、売買代金が法令又は一般の取引通念に照らして著しく高額であって適正を欠き、しかも特段の事情もないという場合において、右代金の支出につき、不法行為成立の要件であるいわゆる違法性があるものと解するのが相当である。

ところで、国土利用計画法(但し、昭和五八年法律第七八号による改正前のもの。以下同じ。)は、全国の土地のうち同法一二条にいわゆる規制区域内に所在する土地の売買にあたっては、当事者が都道府県知事に契約の締結につき許可申請をし、その予定対価の額が同法一六条一項に定める相当な価格に照らし、適正を欠く場合には、当該土地についての売買契約の締結を許さないものとし(同法一四条、一六条一項一号参照)、また、右規制区域外に所在する土地の売買契約にあたっては、当事者が都道府県知事に届出をし、その予定対価が近隣地域の標準地の公示価格、これがないときはそれを補充する近隣地域における都道府県の基準地標準価格(国土利用計画法施行令九条参照)を規準とした価格に照らし、著しく適正を欠くときには、都道府県知事はその土地の売買の中止を勧告することができるものと定めている(同法二四条、同法施行令一八条一項参照)。

未だかつて、同法一二条に定める規制区域の指定がなされたことのないことは公知の事実であるから、本件各土地は右規制区域外に所在することは明らかである。

そうすると、本件各土地の売買契約の締結にあたっては、横浜市又は公社は、国土利用計画法二三条二項三号、同法施行令一七条二号の規定により、右届出などに関する規定の適用が除外されているとはいえ、本件各土地の売買契約が同法にいう規制区域外の取引に該当するものである以上、横浜市又は公社も国土利用計画法の趣旨を尊重すべきであり、その買収価額が公示価格、又は都道府県の基準地標準価格を規準とした価格に照らし著しく適正を欠くときには、その支出につき違法性が問題となりうるものというべきである。そこで本件買収価格(一平方メートル当たり一万八〇〇〇円)が著しく高額であるか否かについて検討する。前記争いのない事実に加え、《証拠省略》を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  前記本件各土地の市買収価格一五億三九八六万六六三九円のうち、公社が本件各土地を取得する際に支払った前記用地費一四億二五五六万五四四〇円以外のものは、公社が要した利息相当額一億一三三二万六一九九円及び同諸経費九七万五〇〇〇円(不動産鑑定料五五万五〇〇〇円と印紙代四二万円)であったこと、

2  公社が買収した当時の本件各土地の現況は林地であり、本件各土地の所在地の都市計画法上の区分は市街化調整区域に当たること、本件各土地は、その東側において横浜横須賀道路に近接し、右道路の朝比奈インターチェンジからも近距離に所在すること、

3  本件各土地が所在する横浜市金沢区内においては市街化調整区域内の土地を対象とする地価公示がなされていないが、これを補充する本件各土地の近傍の国土利用計画法施行令九条に基づく県基準地としては、北谷二七七六番及び神明前三三六〇番一の各土地が存在するところ、右各土地の県基準地標準価格は別紙基準地標準価格表記載のとおりであること、右神明前三三六〇番一の土地の昭和五六年の標準価格一万一三〇〇円に原告主張の昭和五七年の対前年平均変動率二・二パーセントを乗じて右価格に加算すると、右同地の昭和五七年の価格が一万一五四九円となること、同地の極く近くに所在する北谷二七七六番の土地の同年の標準価格は一万三五〇〇円であるから、同所付近の土地の価格は、その所在位置によって相当の違いがあること、

4  本件各土地を公社が取得するにあたっては、その取得価格は横浜市の指示により決定されるものであるところ、横浜市が本件各土地の価格を算定するにあたっては、民間の不動産鑑定士に価格の算定を依頼したうえ、横浜市用地課においても、市規程等の関係諸規定に基づきその価格の算定を行っていること、右不動産鑑定士による鑑定結果(費用は公社負担)によれば、本件各土地の昭和五七年八月一日時点での価格は一平方メートル当たり一万八二〇〇円であり、右用地課による算定によれば、本件各地域の同時点での価格は一平方メートル当たり一万八〇〇〇円と算定されたこと、右用地課による価格算定は、四箇所の近傍類地の取引価格を調査したうえ、右取引事例地と本件各土地の価格形成上の諸要素を比較考慮し、また昭和五七年に発表された県基準地標準価格のうち北谷二七七六番の土地の標準価格を参考にして、本件各土地の価格を算定したこと、右近傍類地の取引価格一平方メートル当たり約一万八〇〇〇円から二万六〇〇〇円であり、右北谷二七七六番の土地は面積一万六〇一三平方メートルで平たん部の非常に少ないやせ尾根の土地であったが、本件各土地は合計面積約八ヘクタールの広大な土地で、しかも比較的平たん部や緩斜面の多い、転換が可能な土地であったこと、文五郎は本件各土地につき一平方メートル当たり二万二一〇〇円程度が妥当な売却価格である旨主張していたこと、

5  なお、横浜市は、昭和五三年に金沢自然公園用地として関ヶ谷奥二一五三番二一七等の土地を一平方メートル当たり四五〇〇円の価格で取得しているが、右土地価格は、当該用地の所有者である民間開発業者が計画していた釜利谷地区の開発に関連して、横浜市と右業者との間で、昭和四八年の正常価格の二分の一以下の価格で買収するという合意に基づいて定められた価格であり、本件各土地の取引価格の参考にはならないこと、

以上の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれは、本件各土地が所在する横浜市金沢区内の土地は、その所在位置か多少違っただけでも、その価格が相当違っており、更に、神奈川県の基準地である北谷二七七六番の土地と本件各土地とはその所在位置を多少異にするのみならず、本件各土地の方が広大な面積の土地であって、その形状や利用価値等も勝っているものということができる。そして、右認定のとおり本件各土地の取得価額と対比すべき公示価格が存在しないので、本件各土地の取得価額の適否については、公示価格を補なうものとしての県基準地標準価格と対比することになるところ、その方法は、対象土地たる本件各土地とこれに類似する利用価値を有すると認められる一又は二以上の基準地との位置、地積、環境等の土地の客観的価値に作用する諸要因についての比較を行なうことになる(国土利用計画法二四条、同法施行令一八条一項、七条一項、九条)。以上の観点及び事実に照らせば、昭和五八年三月三一日現在の本件各土地の買収価格単価一平方メートル当たり一万八〇〇〇円は神奈川県の基準地標準価格を規準とする価格相当額であるか、あるいはこれに極めて近い価格であると認めることはできてもこれが著しく適正を欠く価格であるとは到底認めることができない。

してみると、本件各土地の右買収価格は法令または取引通念に照らし、著しく高額であるということはできないから、本件支出に適正な取引価格を超える違法があるとの原告の主張は採用することができない。

三  次に、原告は、本件各土地を横浜市が取得するにあたって、これを公社に先行取得させる必要性がないのに、公社を介在させて横浜市の買収価格を不必要に増加させたことは違法である旨主張するので、以下、この点について判断する。

1  土地開発公社は、公有地拡大推進法一〇条以下の規定に基づき、地方公共団体が公有地となるべき土地の取得等を行わせるため設立することができる法人であり、地方公共団体のように地方自治法、地方財政法などによる予算制度の直接の制約を受けずに金融機関から資金を調達するなどして買収の時機を失することなく、弾力的に公共用地となるべき土地を取得することができ、他方、地方公共団体は、公共用地を確保するにあたって、土地開発公社を利用することにより、公共用地取得の円滑化を図ることができるのである。

このように、土地開発公社によって、土地が先行取得され、これを財政措置等が整った時点で地方公共団体が買収する形態を採ること自体は、同法が土地開発公社設立の本来の目的として予定しているところである。そうすると、地方公共団体が公共用地の確保にあたり、土地開発公社に先行取得をさせたからといって、これをもって地方公共団体の土地の取得方法が違法となるものではないが、地方公共団体がかかる方法を採ることによって著しく不当な支出をしたとすれば、そのような支出の違法性が問題となりうる。

2  そこで、本件各土地の買収の経緯についてみると、前記一の争いのない事実に加え、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  横浜市は、住民の要望等から南部方面斎場の建設を計画し、昭和五二年度からその建設用地の選定を開始し、昭和五九年三月までの間に、十数箇所の候補地が選定され、右候補地の調査、検討をしたこと、本件各土地は、昭和五五年度ころから、候補地として調査対象となり、航空測量の実施、権利関係の調査等が行われ、取付道路の設置、近隣住宅地との遮断性の検討課題は残っていたものの、斎場用地として適地であると判断されたため、昭和五六年に入って、その地権者である文五郎らとの折衝が開始されたが、同人らは当初本件各土地の売却に消極的態度をとっていたこと、

(二)  昭和五七年に入ったころから、文五郎らの態度も軟化し、横浜市用地課職員と文五郎らとの間で本件各土地についての売買についての条件、特に価格についての交渉が開始されたが、文五郎は、本件各土地には、その平たん部にいちいの木を植林し、斜面は竹林にする計画を有しており、昭和五八年四月ころから植林を実施する予定であるので、横浜市において早急に本件各土地を購入するか否かを明確にして欲しい旨、そして植林を実施した後に土地を購入することになる場合には植林を要した投下資本をも補償して欲しい旨強く要望したこと、更に、文五郎は、本件各土地を買い取るなら、本件隣接地も横浜市に買い取るように要望するようになったが、本件隣接地には特に具体的な利用計画等は有していなかったこともあって、売却の時期については特に注文をつけなかったこと、

(三)  右時点においては、取付道路等の検討課題が残っていたため、横浜市では、本件各土地を斎場建設用地とする旨の決定はなされていなかったが、本件各土地が斎場用地として適地である旨の判定はなされており、被告は、この時点において、文五郎らの意向をも踏まえ、同人らから出来るだけ早急に本件各土地を取得することが右斎場建設事業の円滑な実施のための喫緊事であると判断したため、取付道路用地の買収を待たずに、早急に本件各土地を取得することを決断したこと、しかしながら、その時期は年度末に近い時点であり、またその財源も確保されていないため、直ちに予算措置を講じることができなかったこと、そこで、被告は、やむをえず、公社を利用することとし、昭和五八年三月三一日及び同年四月八日、公共事業用地として本件各土地を公社に先行取得させたこと、

(四)  被告は、横浜市が本件各土地を公社から取得する財源としては、起債を財源とすることとし、自治大臣による起債の許可を得る見通しがついたので、昭和五八年五月ころに自治大臣に起債の許可申請をしたこと、その時点においても取付道路用地の買収はなされていなかったが、被告は、取付道路用地の買収は後日行うこととして、本件各土地を斎場建設用地と決定し、昭和五九年三月一九日、南部方面斎場用地に充てるため本件各土地を買い入れる旨の議案(市第一六二号議案)を横浜市議会に提出し、その審議を受けたうえ、同月二九日に原案どおりの議決を得たこと、横浜市は、同月三〇日、公社から本件各土地を斎場用地として買い入れ、同月末ころ、自治大臣により本件各土地の取得財源とするための起債が許可されたこと、右市第一六二号議案と同時に、文五郎が横浜市による買い受けを希望していた本件隣接地を横浜市が緑地保全のために買い入れる旨の議案(第一六三号議案)も提出され、昭和五九年三月三〇日、横浜市は本件隣接地を文五郎から買い入れたこと、

(五)  横浜市と公社との間では、昭和四九年三月一日、横浜市の公共用地取得等に関する協定が締結されており、同協定九条によれば、公社が横浜市に譲渡する土地の譲渡価格は、土地の取得に要した額に公社が同金額を金融機関から借り受けることに伴う利息相当額等を加算した額とし、事務費についても必要に応じて加算することができるものとされていること、横浜市は、右協定に基づき、本件各土地の購入価格として、公社買収価格に加え、別表「釜利谷町土地」利息相当額配賦表記載のとおりの計算により求めた利息相当額一億一三三二万六一九九円、事務費として公社が前記不動産鑑定士に支払った鑑定料五五万五〇〇〇円及び公社が本件各土地を取得する際の売買契約書に貼付した収入印紙の代金四二万円を公社に対して支払ったこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、横浜市が公社をして本件各土地を先行取得させたことは、斎場建設のために不可欠な用地を関係所有者から円満な話合いに基づいて、早急かつ確実に取得し、同建設事業の円滑な実施を図るための妥当な措置であったということができるのみならず、公社買収価格に加算された利息相当額及び事務費合計額一億一四三〇万一一九九円についても、本来は、横浜市が当然負担すべきものであるから、同市と公社との間の公共用地取得等に関する協定に従って公社から横浜市への本件各土地の譲渡価格に含まれることになったものということができるから、これをもって公社に先行取得させることにより、不必要に売収価格を増加させたものとは到底いうことができない。

したがって、原告の前記主張は採用することができない。

さらに、原告は、本件各土地は民間企業が大規模開発をすることの困難な土地であるから、横浜市と民間企業とは競争関係になく、また、横浜市が本件隣接地を昭和五九年度に文五郎から直接取得することができたのであるから、本件各土地も市において予算措置が整った昭和五九年の時点で文五郎らから直接取得できたはずである旨主張するが、横浜市が文五郎らとの円満な話合いに基づいて、本件各土地を早急かつ確実に取得するためのやむをえない措置として、公社をしてこれを先行取得せしめたことは前記認定のとおりであるところ、原告の右主張は、横浜市が本件各土地を買い受けるにつき、その条件を同市が一方的に定めうることを前提とするものであることが明らかであり、採用することができない。

四  以上によれば、本件各土地の買収価格及び買収方法の決定に違法な点はなく、その余の点について判断するまでもなく、本件支出は違法といえない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡光民雄 竹田光広 裁判長裁判官古館清吾は転補のため署名捺印することができない。裁判官 岡光民雄)

〈以下省略〉

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